MY☆WORK

写真 「若い間は急性期で力をつけて」ICU病棟主任 永富 律子さん 福岡県福岡市・福岡輝栄会病院勤務

--今の仕事は?

集中治療室での救急対応が主で、重傷の患者様、術後の患者様の看護をしています。

--看護師になったきっかけは?

私の身内に看護師が多かったのと、祖母が病気しがちでしたので小さい時より周りから絶対看護師になりなさいと洗脳されました。また当時女性の専門職は看護師と教師しか選択肢が思い付きませんでした。色々な人と関われる看護師の仕事を選んで良かったと思います。

--今の病院に勤め始めたきっかけは?

私は、大分出身なので地元の脳外の病院で働いていて、福岡に出ようと思い探したところ、脳外メインのしっかりした病院と聞いたことと、前の病院の看護師長のお知り合いの先生がここの病院にお勤めで、その先生の下で働くなら大丈夫と言われたことから、ここで勤めさせていただくことにしました。

--今までどういうところでご勤務されていましたか?

今まで脳外の急性期病院で主に勤務していました。何年間かは総合科に勤務してましたが、ほとんど脳外ですね。地元大分の高校、看護学校を卒業し大分の病院で働いて、福岡ではこの病院が初めてです。勤務先としては4か所目の病院になりますが、全て急性期の脳外です。

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--仕事で一番面白いところは?

急性期病棟にいるので、患者様の一番悪いときから状態が安定した後に一般病棟に移せるときまでを看護できることですね。一生懸命したことの結果が退院につながると、やりがいになります。

--逆に辛かったところは?

辛いのは、重症の患者様が来られ、頑張ってもどうしようもないときとか、こちらが一生懸命関わっても何も成果に結びつかず、そのまま帰られてしまうときですね。また、一般病棟に移った患者様の状態が悪くなり帰って来られるときもそうですね。そういうときは、患者様本人にはもちろん、ご家族の方への対応も辛いですね。どういう態度で接すれば良いのか分からなくて、声のかけようがないです。

--看護師として今後興味のある分野はありますか?

同じ現場で仕事をしている後輩の教育と、年に1ヶ月間・毎週1回ですが卒業した看護学校で教えてる生徒さんに、今の看護体制や患者様のことなどを、もう少しイメージがわく様に教えていけたら良いなと思っています。
今の生徒さんは辛いことが嫌なのか、最初から急性期に入る方が少ないんです。昔は急性期病院は看護学生にとって輝いて見えたものですが、今の生徒さんは、TV等で急性期のバタバタしている場面を見ると「あんなことするならもうダメ・・」「あんなに走らなきゃいけないの?」という風になりがちです。そういう訳で、最近はクリニック希望者が多いですね。だから、急性期は大変だけどこれ程やりがいがあるんだよと伝えていくことは、大切だと思っています。

--これから新卒として勤務する看護師さん、転職する看護師さんに一言アドバイスを

(新卒の方へ)
最初の1年は勉強した方が良いと思います。私もそうでしたが国家試験が終わると勉強したことを忘れちゃうんです。それで職場に入り病気とか症状を見ると「あっそう言えば」と思い出す程度なんです。就職する病院側もそうですが1年間は教育期間だと思います。「大丈夫ですよ」の一言も今は訴訟になってしまう時代ですから、自分の言葉に責任を持つこと。1年間は周りの看護師さんの動きを見てていいと思います。「何にも出来ないのね」と言われても「すいません、まだ1年生なので」と言えばいいし。「単に卒業して看護師さんになり、給料もらった」というだけにせず、1年間は本当にみっちり勉強してもらいたいと思います。病棟にある資料を見たり、実際の患者さんのカルテを見て、なぜこの薬を使っているのかと考えてみたり、薬が新しく出たときには「何でこれが出たんだろう?」と考えることを始めると、患者さんに関わるのが楽しくなってきます。初めのうちは、周りもフォローしてくれるので、臆せずにいって欲しいですね。

(転職する方へ)
「郷に入れば郷に従え」ですね。そこにはそこのやり方があるし、先生の指示などにも個性があるので、前の勤務先のやり方を引きずって行かないのが良いと思います。 他でも使えるある程度の知識はよいのですが、それが妙なプライドの高さにつながると、転職しても周りと打ち解けられなくなり、それでまた嫌になって再び転職してしまうパターンに陥ります。実は私も最初の転職時にこんな病院じゃやってられないと思い、すぐ辞めたんです。でも、次の病院の看護師長さんは、私より脳外の知識は持ってたのに、それを表に出すこともなく接してくださっていたんです。ところが、何かの折に、「こういう時にはこうなのよ」という言い方をされたことがあり、そのときに「この病院もそうなんですか?」と私が言ったら、「そういう態度じゃね…」と諭されてしまいました。それで反省して、考えを改めました。今思うと、自分が一番できる、と思ってしまっている時期でしたね。

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--他の看護師さんから悩みの相談を受けることもよくあるとか

一番多いのが退職の相談です。辞めたいという人には、まずは近い目標を立ててみたら?と言います。1ヶ月位たったら辞める、という気持ちで頑張ってみて、もしそれで続けられそうだったらもう1ヶ月延ばしてみて、と。同じ病院で1、2年経つと仕事にも慣れ毎日同じ事を同じ環境で続けるのだろうかと疑問が出て来ます。違う環境に行ってみたいと思い始めるのが2年目位ですかね。ある程度慣れて仕事がさばけるようになると、段々とそれに飽きて来るんですかね。
転職で入って来られた方は、周りが自分より知識があったり、できてたりすると、私にはできない、ここじゃ勤まらない、と思い始めるみたいですね。一般的に言えば、若い間に急性期に行き、ある程度知識も力も身に付けて、それから後のことを考えるのが自分のためになるのではないかと思います。 人間関係のトラブルですが、皆さんには病院は職場であり友達作りに来てる訳じゃない、まずは自分の仕事だけはきっちりやって、それでもひどいことを言われるようだったらその人に対し、こちらで対処しますと言ってます。その辺りの問題はどんな病院でもありますよ。
また、プライベートのことまで相談してくれるようになると、ある程度信用してくれてるのかな、と思い、できるだけ相談に乗っています。

--最後に一言

ぜひ、管理職を目指して欲しいです。一スタッフで働くのは楽ですが、管理職になり自分の部下のスタッフがこんなに一生懸命に考えてくれてるんだと思うと人が好きになれますし、スタッフのために何かしようと思う気持ちが生まれてきます。
また、看護学校などから講師の依頼があれば、積極的に行うようにすると、自分の勉強にもなりますよ。

富田順子看護部長からのひとこと

--採用で重視するポイントは?

明るく、前向きで普通でいてくれたらいいです。看護師さんは人と接するのが仕事の基本ですから、きちんとお話ができて、誠実に接することができること、それが一番だと思っています。
反対に暗い人は一番気になりますね。無口な人、口下手な人と暗さとは違います。無口でも良いんです、聞き上手なら。相手に対する優しさがあったら、相手の話をきちんと聞くことができると思うんです。相手の話をちゃんと聞こうとするのは、その人を受け入れようとしている姿勢なんですね。

--転職される方へのアドバイスを

「病院を変わったり、就職した時に、一人でも目標となり尊敬できる先輩や上司がいたら、少しくらい仕事がきつくても、給料が安くても、設備が悪くても我慢しなさい。でもそういう人が一人も居なければそこにいてはいけません。我慢してはいけません。すぐに辞めなさい。」私の大好きな、シスター寺本松野先生(※注)の言葉です。講演で聞いたお話なので正確ではないかも知れませんが。そのお話を聞いたのは今から20数年前ですが、正しいことだと確信を持っています。ダメな上司がいたら自分も似てきてしまいます。それだけは転職する方に伝えています。

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--新卒の看護師へのアドバイス

まず自分の就職する病院に行ってみて、1、2年目の若い看護師さんが楽しそうに仕事をしていたらそれが来年の自分の姿です。だから、そこはOK。けれども、もっと年齢が上の看護師がいい感じでも、1、2年目の看護師の元気がない病院は絶対ダメ。なぜならそこは上が偉そうにしてるということだから。1年目とか2年目が生き生き伸び伸びしてたら、そこはきっとその子たちの意見を吸上げている病院、皆の意見を受け止めようとする柔軟な対応が出来る病院ということなんですよ。院内を見るときは、そのような意識を持ちながら見た方がいいですね。
次に、あいさつすること、謙虚であること。私がまだ病棟のリーダーの頃、1年目の看護師さんが半年程私と夜勤を組んだその間ずっと、夜勤明けて帰るときのあいさつに、彼女は「お疲れ様」ではなく「ありがとうございました」と私に言って帰るんです。そのあとしばらくして、1年目が終わりそうな2月か3月頃です。久しぶりに一緒に夜勤した後、私に「お疲れ様でした」と言ったんです。彼女はきちんと使い分けてくれてたんですね。最初はありがとうございますなんです。一緒に勤務して自分が無事できたのは先輩のおかげです、と。とても賢い子でしたから半年目で独り立ちしてたんですよ。それで他の人と組んでいて、その後、久々に私と組んだときに自然に「お疲れ様でした」とね。やはり成長したんですよ。

--永冨主任のお仕事ぶりは?

永富さんは、主任になってまだ1年にならないんですよ。でも責任感が強くて、身を削ってでも自分の責任を果たそうとする人です。後輩の指導、病棟管理をどこかで学習してたんですね、私が指導をしたことは1度もないです。賢い人だと思います。
色々な課題に積極的に向かって行って自分で楽しみながらこなしていく人だと思っています。
優秀な看護師さんはたくさんいるし、よく勉強する看護師さんもいますが、課題を楽しめる人は非常に稀ですよ。彼女も人間ですから突っ走っていてあまりの現実にへこむ時もあります。そんな時は相談に来るんですよ、色々と話しながら元気になりますし本人自身が問題解決の技術も持っています。

--福岡輝栄会病院のアピールを

私が来てやっと1年経ちましたが、その間に色々とありました。ほかと違って良いなと思うのは、放射線科・薬剤部・検査科・ME・栄養科・事務等との関係がとっても良いんです。
色々な業務も頼みやすく、それぞれの部署が皆良い人ばかりです。
それと、看護師さんに、ここの病院は何が問題でどこを改善したら良いか?という質問形式で統計を取りましたら、他ではトップに来る「人間関係」の項目がここでは9番目に来たんですね。これは珍しいかなと思います。どこも看護師さんは人間関係でつぶれていくでしょう。この病院は人間関係の良さが大きな特徴ですね。
(談)

※注
Sr.寺本松野 略歴
1916年(大正5年)12月18日生、熊本県出身
1938年(昭和12年)従軍看護婦として中国中部に1年8ヶ月勤務。その後、熊本県国立療養所に勤務。
戦火の中、負傷者や病人の看護にあたり、多くの命を救った。戦後、結核患者の看護に尽力した。
1952年(昭和27年)から札幌の天使病院にて末期看護の実践にあたる。この間、病棟婦長、看護大学非常勤講師として終末期看護の普及に尽力し2001年(平成13年)6月27日に赤十字国際委員会から看護活動の功労者に贈られる「フローレンス・ナイチンゲール記章」を授与される。
2002年7月死去。

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